信念が無いキャスターは生き残れない「海老江邦敬 / kuroebi」未来に残す憧憬とグランドデザイン【後編】

「実況で選手の技術を極限まで表現する」
インタビュー前編においてkuroebi氏にはゲームキャスターとしての信念を聞くことが出来た。

後編でkuroebi氏が語るのは、真剣にゲームと向き合っている者だからこそ抱く”eスポーツ”という言葉に対する違和感、一線級キャスターとして自身が抱える課題だった。

eスポーツキャスターと呼ばないで

――趣味の延長の仕事は必ずしも経済活動と積極的に結び付けない方がいい場合もありますよね。過剰なマネタイズに走ると、自分の信念とズレた仕事をしてしまうことにもなります。

同感です。そういう意味でも、僕は自分のことをeスポーツキャスターとは呼びません。名刺等からも全てeスポーツという言葉を抜いてもらってます。僕はeスポーツのこと全般がやりたいのではなくて、好きになったゲームの実況をやりたいのです。

実際「eスポーツって素晴らしいんだ」とどんなに言い続けたとしても、各ゲーム自体の訴求には繋がりません。
――確かに現状eスポーツという言葉には商業的なニュアンスを感じる部分もあります。

僕は台本に書いてあるeスポーツという文言に違和感を感じた時、自分の言葉に言い換えて読んでいます。

例えばシャドウバースの実況において「eスポーツを愛してくれる皆さんへ」というコメントが求められていたら「このゲームを愛してくれる皆さんへ」と自分の判断で言い換えます。

eスポーツという言葉は人によって解釈が異なっているので、そのような定義が宙ぶらりんな言葉をキャスターが使うべきでは無いと考えています。

ただ、僕らキャスターのやっていることをeスポーツという言葉でしか表現できない現状があります。それは少しもどかしいです。

ベンチャースポーツ

――用語については、以前日本フェンシング協会会長の太田雄貴さんがフェンシングのことを「ベンチャースポーツ」と表現されていました。発展時途上なスポーツだという意味合い、この言葉は競技ゲームにおいても当てはまると感じます。

とてもいい言葉ですね。まさにゲームはベンチャー的側面が色濃いですね。麻雀もまだまだベンチャーな競技に思えます。ルールや魅せ方が決まっていないスポーツは全てベンチャースポーツといえるかもしれません。

世間からどう見られたいか、という発想に立ってこなかったのがゲーム業界。ただ勝敗が決まればいいという話ではなく、勝敗が決まるまでの過程の方が大事です。それは選手の経歴についても同じ、キャスターが選手や対戦の背景をしっかり伝えることが重要ですね。

――結果よりも文脈ですね、格闘ゲーム界はそのあたりの人間ドラマを上手く表現している印象です。

格闘ゲームが持つ長い歴史がなせる業ですね。歴史が短いゲームにおいても表現の仕方一つで大きく世界観が変わると思っていますので、その点はキャスターの役目であり腕の見せ所です。

課題は導入層への魅力訴求

――カードゲーム界の実況には様々な課題があるかと思いますが、kuroebiさん自身のキャスターとしての課題は何でしょうか。

ゲームの導入層に対しての訴求がまだ弱い点が課題ですね。初めてこのゲームのことを知った方にゲームの魅力を伝えることがなかなか出来ていません。

――それはゲームキャスター界全体にも当てはまる大きな課題かもしれません。

客観的にゲームの面白さを説明することはとても難しいです。

ある程度ゲームに好感を持ってくれている方に対してでないと、プレゼンすることが難しい。僕の場合はカードゲームファンにしか魅力を伝えられておらず、その現状は事実として受け止めなければなりません。

時には僕はゲームのプレゼンをしているのではなく、ただ単に自分の歩んできた人生を他人に伝えているだけかもしれない、と自問自答することもあります。

――多くの葛藤について赤裸々にお話頂きありがとうございます。ゲームは初心者と経験者が非常に分断されがちです。ゲーム特有の参入障壁の高さも要因にあるように思えます。

ゲームを始めるための初期費用、面白くなってくるまでに掛かる維持費用は共にリスクになりえます。

僕は偶然、それらのリスクを度外視してゲームをプレイできた人間でしたので、そうではない方に対しての訴求は上手くできません。僕の主観でしかゲームの話ができないので苦労しています。

なので現状は、とにかくゲームを楽しんでいる姿をただ魅せるしかないと思ってます。どのような小細工を講じたとしても、僕らが楽しそうに映っていなかったら何の意味もありませんので。

――さらに割り切って、導入層への訴求しないという決断は難しいのでしょうか。人的リソースや発信チャネルも限られていますし、懇切丁寧に初心者向けの実況を始めるとヘビーユーザが求めている見応えやが熱狂感が失われそうです。

初心者向けの実況が難しいのは、僕らキャスターの出番がハイレベルなトーナメントに限られてしまっているのも原因の1つです。
活躍の場が幅広くなれば、自ずと視聴者が多様になり訴求方法も増えていくと思います。

――世界大会等ではなくローカルな地区予選の実況ということでしょうか?

それでもまだ仰々しいです。マジックであればプレリリースイベント等が適切に思えます。

※プレリリースイベント:実装前のカードがリリース以前に体験できる店舗大会、普段の店舗大会と比べると初心者や非トーナメントプレイヤーも参加しやすいイベント。

――なるほど、甲子園の予選クラスでもダメなんですね。高校のグラウンドでやっている交流試合等のレベル。
確かにその現場にキャスターが入るのは面白いです。駆け出しのキャスターとしては経験値を溜める場としても価値があるように思えます。

ローカルにはローカルの強みが多く、トッププロばかりのトーナメントでは「どうしてこのゲーム始めたのですか?」といった初歩的な質問は出来ません。

しかし導入層にとってはそのエピソードこそが重要、どのようなきっかけでも興味を持ってもらえたら嬉しいです。

――ゲームのルールがわからなくても、選手のことが好きで観戦するようになってくれそうです。

これらのことはとても大事なのですが、そこまで手が回っていません。現状は上位の競技環境を整備するだけで精一杯です。

岸大河さん、OooDaさんは天才キャスター

――各キャスターが複数のゲームタイトルの実況をこなせるのであれば、環境整備はもっと早く進みそうですが。お話を伺っている限りそれは難しいように思えます。

岸大河さん、OooDaさんが複数のタイトルで活躍できるキャスターなのは彼らが天才であるためです。
本当にゲームの天才なので代替が出来ないキャスター方です。

――OooDaさん自身も「自分はどんなゲームを始めても中級者になるまでが早い」と仰ってました。ルールを覚えてからある程度のセオリーを身につけるまでのキャッチアップが早いと。

彼らにゲームの才能があるとしか言いようがありません。凡才の僕は本当に好きになれたゲームにしか精通することが出来ないので、限られた仕事しか受けることができません。

今後、活躍できるキャスターの条件とは

――キャスターやライター等、ゲーム関係の活動でどのような人材が出てくることを期待されますか?
また今後どんなキャスターが出てくると面白いでしょうか。このポジションを狙うと良い、といったアドバイスは何かありますか?

どんなことでも良いので「ゲームに対してこの点で貢献できます」と表現できる人が出てきて欲しいです。ただ注意として、ゲームをプレイしていたことへの延長線上でゲーム関係の仕事をするのは非常に危険です。それだけの動機では、最終的に自分の役割を見出すことは難しいです。

ゲームキャスター自体の需要の少なさもあると思いますが、新しい人が出てこないのは”やりたいコトと出来るコトにギャップがある”からなのだと思います。

――惰性で立ち入って良い職業で無いことはお話で十分に分かりました。他にどのような理由が障壁になっているのでしょうか?

固定観念が邪魔をしています。あくまでゲームは遊びで趣味であり、仕事にするべきでは無いという認識があるからそうなってしまうのかもしれません。そこを越えて自分自身がゲームの為に何ができるか考えてやれる人達が出てきてくれるとゲームにとって大きな財産になると思っています。

キャスターへの批判

――業界に対する不足感や役割を見出せれば、それぞれの得意なことでチャレンジして良いということなんですね。

そうですね。あと僕自身もそうですが、キャスターは批判の的になりやすいです。見る方は好きでやっているのに、僕らはお金をもらっているのでそこに対する反発は多いですね。

実際、キャスターをやりたい人がどのくらいいるのかアンケートをとると7割くらいが”やりたい”と回答がありました。しかし、1年くらい様子を見ても新たにキャスターとして第一線で活躍できるようになった人は1人か2人でした。

潜在的にキャスターというキャリアに対する憧れはあるのですが、自分自身に役割が持てないと考えているからチャレンジできない方が多いのだと思います。

ただそれでも今回のOGAWAさんの記事で自分もキャスターをやりたいって思ってもらえたら嬉しいですね。

――キャスターの敷居を上げる内容になる気がしますが、それを超えた魅力を伝えたいです。
ゲームキャスターは自分の個性や感覚を活かして働くことが出来る仕事の1つです。何よりこの職種は競争している時点でアウトという見方もあります。

全くその通りです、アナウンサーの席は1つなのでそこは競争原理は働くかもしれませんが、僕らはそもそも仕事を奪い合うような思考からスタートしていないので。

――kuroebiさんのようにゲームタイトルに合わせて解説と実況を使い分けられると、2つの席から1つを取れるというような優位性はあるのでしょうか?

いいえ、僕が呼ばれる動機は「kuroebiを呼びたい!」なので、特に優位性は感じていません。大体の場合、その場にkuroebiが居てほしいと思われてキャスティングをされています。今ではその縁で一般企業の総会の司会に呼ばれたりしますね。ビンゴ大会やクイズ大会の司会のお仕事も頂いています。

――その時はご自身の自己紹介はどのようにされていますか?

僕はゲームが好きでこういう仕事をしてます、と説明しており非常に反響があります。面白かったから次回も呼んでみよう、と思って頂けることが多く、その関係性が続くのがとても楽しいです。

プレイヤーへの未練

――kuroebiさんはお客様は勿論、選手との関係性も重要視されている印象です。
関係性が築けていることで、その選手の個性を表現したり、時には少し煽ったりして見応えのある実況ができることもありそうです。

僕は大会中によく選手と控室で話すようにしています。前回と同じ戦術だけどどうしたの?と伺ったりもしています。

「前回は失敗しちゃったけど、今回はこれでイケると思ってる」といった話は実況する上で重要なエピソード。

他のキャスターは休憩時間に控室から出てこない方もいるのですが、僕はチャンスだと思って会場内をうろつきます。選手のことを知るのは大事、パーソナルな部分を話せる実況の方が面白いと思っています。

――”選手のことを知る”それが実践できているキャスターや業界問わず多くないかもしれません。野球でも昼間に選手をインタビューをしたキャスターがそのままナイトゲームの実況を担当することは少ないように思えますし、理想的なキャスターに求められる負荷は想像以上に高いですね。

そうですね。選手に対して少しでも親近感を覚えてもらうことが、選手自体が視聴者の憧れの対象になる第一歩だと思っています。
ただ正直のところ、その憧れの対象は僕も目指せたんじゃないかという思いは今でもあります。

――プレイヤーに対する未練があるんですね。ここまではっきりと仰る方は珍しいです。

未練はありますね。だから今はキャスターをやりながらプレイヤーにも挑戦できないかと考えたりもします。色んなアプローチを試しながら、自分も含めてゲームに人生を掛けている人達がもっと輝ける場所を模索していきたいと思っています。

ゲームの楽しさを伝え続けたい

――本日はありがとうございました。キャスターに限らず、好きなことを仕事にしたいと考えている方々全員に届けたいと思えるお言葉の数々。大きな力に心を揺さぶられた時、批判されて孤独になった時、最後に頼れるのは”信念”であると気付かされました。最後にkuroebiさん自身の次の目標を教えて下さい。

自分の好きなゲームをプレゼンできる環境を手に入れたので、この好きの範囲をどんどん広げていきたいです。いまボードゲームに熱中しているのですが、ボードゲームの魅力はまだまだ世間に伝わっていないんです。

アーティスト「19(ジューク)」のCDジャケット等をデザインされていたイラストレーターの方が現在ゲームデザイナーをされていて、先日一緒にボードゲームをプレイする機会に恵まれたのですが、その方のゲームの説明が本当に素晴らしかったんです。

自分の知っているゲームでしたが、言葉や手段一つでここまで人を楽しませることができるのかと感銘を受けました。ゲームの楽しさを伝える仕事をしている身として、自分もまだまだ未熟だと痛感しました。色んな方の良いところを吸収して、キャスターとしてより高みを目指したいです。


※写真提供:Wizards of the Coast LLC

OGA(Ogawa Shota)

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職業:WEBディレクター/ブランディングコンサル。  シブゲーではMTG(マジック:ザ・ギャザリング)関連の記事を企画担当します。  MTGはプレイするのも大好き、世界大会(プロツアーホノルル2016)出場経験あり。  プレイヤー視点、メディア視点、両方の立場から情報発信します。

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